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2015-02-05 15:16    miu miu財布スタッズ
 五石十人扶持  おもいがけない未知の人から、ぼくらは常々たくさんな手紙をうける。作家とか何とか虚名をもった種類の人々はたぶんみなそうではないかとおもう。つい先頃もその中の一通に中野敬次郎とした封書があった。小田原市教育委員会事務局の封筒である。読者かナ、とおもいながら披《ひら》いた。想像はちがっていた。次のような用向きだった。 [#ここから2字下げ]  あるいはもうお忘れかもしれませんが、戦前、市長の益田信世氏の発唱で、当地の公民館で「吉川英治氏を郷土に迎える会」を開催したことがあります。小生も小田原図書館長、郷土史研究会の一員として、そのせつ演壇から御挨拶をかねて「吉川氏の先代について」といったような話をいたしました。甚だ古い事でそれだけの御縁でしかありませんが、じつは、来る十一月三日の文化の日に、おなじ会館において恒例の文化祭を催します。当地出身の文化人の方々にも何かとおせわになっておりますが、こんどはひとつ、もいちど郷土の人々へ何か御講演ねがえないでしょうか。御都合よろしくば重ねて詳細お打合せ申しますが、まずは……。 [#ここで字下げ終わり]  右は文意で中野氏の原文ではない。この稿の書出しにあたって、手紙|筥《ばこ》を掻き探してみたのだが、見つからないので、記憶に依ったわけである。ぼくは元来、信書は一切保存しない習慣だし、日記などもつけたことがない。旅行先へも手帳や写真機などは持って出たことがなく、どうかして気紛れに持って出ても、使って帰ったためしはない。  文芸家協会の会員カードを初め、よくいろんな問合せや申込書などに、略歴、本名、生年月日などの記入欄があるが、いったい、生れた月日などを、他人が何の便利につかうのだろう。ヘンな習慣である。自分自身にさえ、間違いのない生れ月や日を確かめる必要などは一生の間でもめったにありはしない。  だが、何だかここではそれが必要事みたいになって来たので、明記すると、ぼくのは�明治二十五年八月十三日生�が戸籍面である。  ほんとは、十一日生れだが、届け出が二日遅れたのだそうだ。どうでもいいようなものの、母の亡い今日、そんな事もまた聞いておいてよかったと思っている。自分だけにとっては、地球の実存以上、重大であった自分の誕生日が、あいまいもこ[#「もこ」に傍点]であるよりは、やはりはっきり分っていた方が気もちがいい。  といっても単に生れたんだという漠とした観念のほか、もの心がつくまでの何年かは、誰でも例外なしの空白である。ただ脈搏だけをしている何キロかの肉塊にすぎない。多少、記憶めいた覚えも、父母か周囲の移植であり、もし人間が、完全なる自己の出現を、自己の官能で知りたいと希《ねが》ったら、これは煩悶に値することである。そんな煩悶はくだらないと諦めていられる人間だからいいが、よく考えてみると、癪《しやく》にさわることでもあるのだ。なぜなら社会は無知を恥じるようにできているが、人間の口ぐせに云う「おれが」でも、「われわれ」でも、その生命の出発点から、てんで自分でも分っていない「おれ」なのだ。  発車駅の東京駅も知らず、横浜駅も覚えがない、丹那《たんな》トンネルを過ぎた頃に薄目をあき、静岡辺でとつぜん�乗っていること�に気づく、そして名古屋の五分間停車ぐらいからガラス越しの社会へきょろきょろし初め「この列車はどこへ行くのか」と慌《あわ》て出す。もしそういうお客さんが一人居たとしたら、辺《あた》りの乗客は吹き出すに極《きま》っている。無知を憐れむにちがいない。ところが人生列車は、全部の乗客がそれなのだ。人間が生れ、また、自分も生れているということは、じつに滑稽なしくみである。